Momoko, 日本

皆さん、こんにちは。 私の名前は横溝桃子(よこみぞももこ)です。東京都出身です。Seaview High School で11年生として10ヶ月間の留学をします。この学校を選んだ理由はテニスの授業がとれると聞いたからです。日本ではテニスを教科としてとれるのは稀なことなのでとても楽しそうだなと思いました。

私は英語を3歳の時に勉強し始めました。最初は自分の英語がもし間違っていたらどうしようと、失敗を恐れていました。しかし、私の母はいつもそんな私に「間違えても大丈夫。そこから何か学べることがあるはずだよ。」と私を応援してくれました。母のおかげで私は他の国の人達と英語で話す楽しさを知ることができました。それと同時に、他の国の文化を知ることに興味がわいてきました。

オーストラリアでの学校生活は今のところ上手くいっています。しかし、授業で先生の言っていることが理解出来ないことがあります。そんな時は先生にできるだけ早く質問するようにしています。先生に聞いたとしても理解出来ないこともあって、少し自分の英語力に落胆することもあります。それと同時にこのような経験は自分にとってとても大切だと思います。なぜなら、日本の学校の授業ではあまり発言や質問をしないからです。だから、理解できるまで質問をするということは私にとってとても新しいことです。

Seaviewの人達はとても親切でフレンドリーです。学校が始まって4週間経ちましたが沢山の友達が出来ました。もっとSeaviewの人達と仲良くなれるように、できるだけ自分から進んで話しかけるようにしています。 私が授業中困っていると助けてくれる人が多くて、その親切心に感謝しています。

これからも沢山の友達を作って日本のことを沢山ひろめていけるように頑張ります。

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Iroha, 日本

まず、私がオーストラリアに留学すると決めたきっかけは私が中学生のときに出会ったオーストラリア人の女の子でした。その子は私の初めての外国人の友達で、オーストラリアについて色々教えてくれました。それから、オーストラリア留学に興味を持ち始めて高校二年生のときに留学をすることができました。

私にとってオーストラリアは人生初めての外国で戸惑うことや、驚くことが沢山ありました。なかでも、特に印象に残っているのが、初めて見たオーストラリアの広い空と色々な人種が交じり合った空間です。私がオーストラリアに到着した日の空は雲がなく、真っ青で、とても広く感じたのを覚えています。

私の留学生活は始め、全くと言って良いほど上手くいきませんでした。私が一番苦労したのが英語の聞きとりで、始めは全く理解することができませんでした。でも、いろいろな人と話したりしているうちに英語力が上がってきて、自分でも気づかない間に先生や友達、ホストファミリーが何を言っているのかわかるようになっていました。そして、私のホストマザーが私にrやthなどの日本語にはない発音を教えてくれたとき、私の英語力の上達が一番感じられました。私のホストマザーはすごく親切で、いつも私の英語の勉強に付き合ってくれます。私が英語の発音を教えてもらったときも、2時間以上かけて発音について教えてくれました。

私のホストファミリーは皆すごく優しくて、面白いです。そして、私のホストマザーは週末などに私や、私のホストシスター達を色々なところに連れて行ってくれます。ホストマザーは私にとって、本当の母のように尊敬できる人で本当に出会えたことに感謝しています。

私が普段家にいるときは、学校での出来事をホストファミリーと話したり、ジョークを言い合ったりします。それに、私が何か英語の文法や単語について質問した時も毎回すごく親切に答えてくれます。私にはイタリア人とブラジル人のホストシスターがいて、よくお互いの国の違いや、言語を教えあったりします。それから、他の国の文化、風習、英語以外の言語にすごく興味を持つようになりました。

私が留学して自分自身が変わったと思うことは幾つかあって、まず他の国や日本に対する考えや英語に対する見方が変わったのと、いろいろな人の見方や考え方に触れて自分の意見などをより客観的に見ることが出来るようになったと思います。それに、私が日本にいた時は、何事にもあまり挑戦することがなかったけれど、留学してからは何でも挑戦するようになりました。

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Mei, Japan

2018年1月から東京都の留学プログラムでYear 11としてアデレードに留学中の濱口さん。留学してから8ヵ月が過ぎ、「自分には合っている」という海外での生活を元気に楽しんでいる。

海外に出る!

濱口さんは子どものころから特に海外に興味をもっていたという訳ではなかったが、高校2年生のときにアメリカに住む叔父を訪問したことをきっかけに海外を意識するようになった。叔父が見ず知らずの人とも普通に会話をしているフレンドリーな雰囲気を感じて「いいな」と思ったという。濱口さんは英語は元々好きだったこともあり、高校3年生になる直前の春休みには1ヵ月ほどカナダに語学留学して海外生活を再び楽しみ、帰国する時には「私には海外が合っている。また海外に行くんだ」と決心していた。
そして、帰国後すぐに申請をした次世代リーダー育成道場を見事にパスし、高校3年生の1月に大学受験をする友達と別れてオーストラリアの高校への1年留学を開始した。

濱口さんが参加している”次世代リーダー育成道場”は東京都教育員会が設立した留学プログラム。次世代リーダー育成道場は留学にチャレンジする都立高校生を支援するプログラムで、広い視野や高い英語力、チャレンジ精神や使命感などを身につけて将来日本を担い国際社会で活躍していく人材を育成することを目的としている。2018年は濱口さんも含めて次世代リーダー育成道場に選抜された40人の都立高校生がアデレード市内および近郊の高校にそれぞれ散ってホームステイをしながら約1年間の留学生活を送っている。

アデレードでの高校生活

英語は好きなものの話すことはあまりできなかったという濱口さんだが、次世代リーダーのプログラムでは、現地校は英語コースからではなくローカルの普通のクラスからの開始となる。そのため濱口さんは最初学校で先生が何を言っているのか分からずに苦労したという。しかし、先生の話を録音して後で確認をしたり、単語帳を作ったり、インターネットで調べたりしながら家に帰ってもずっと勉強していたという。また、友達に助けてもらったり、人の話しを真似してみたり、勉強のために映画もよく観た。そして、日本人の友達とも英語で話す。その結果しばらくしてくると段々と英語を聞き取れるようになり、自分からも話すことができるようになっていった。
「最初は本当によく分かりませんでしたが、5ヵ月くらいでちょっと身についてきたかなと思いました。今では自分が成長していることも実感できるようになってきました」。
最初の数ヶ月を「とても凝縮した時間でした」と語る濱口さんが一番成長したのは、パソコンが日常のツールとなっているオーストラリアらしく”タイピングスピード”だそう。

野外教育(Outdoor education)

スポーツは何でも好きという濱口さんは、アデレードでは学校でバスケットボールとオーストラリアフットボールを楽しんでいる。フットボールでゴール決めたときは嬉しかったという濱口さんだが、学校のプログラムの中で一番気に入っているのは野外教育(Outdoor education)の活動だ。Norwood Morialta高校のOutdoor educationではキャンプに向けたプランニングやメニュー研究、トレーニングなどを行い、実際半年に1回キャンプに行く。キャンプではチームでハイキングやロッククライミングも行うが、野外教育を通じて、環境のことやリーダーシップ、グループダイナミクスなどについて自然に学ぶことができる。
「こんなに自然の中に入り込んだことは今までなかったです。夜真っ暗なビーチでみんなで寝転がって見上げた星は感動的でした。日本ではなかなか学べないようなことに出会うことができて、キャンプは今回の留学生活の中でも最高のイベントでした」。

留学を通じて

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Meiko, Japan

2017年1月、日本の中学校3年生だった松田さんは2ヵ月後の卒業を待たずにアデレードでの高校留学生活を開始。小学生のときから打ち込んでいるバレーボールと勉強を両立させる充実した日々を送っている。

海外でも通じる”自分ができるもの”

元々英語にはとても興味があったという松田さんは、小さい頃から「将来自分は外国に行っているんだな」という漠然としたイメージを持っていたという。中学校に入って”海外留学”という方法があることに気がつき、留学するかしないか、ということではなく、大学で行くか高校で行くかということが松田さんにとっての選択肢となっていた。
「高校留学する人の方が少ない分、メリットも大きいのでは」と思った松田さんは、友達が高校進学について考えるのと同じように、自分は高校留学をするということを本格的に考え始めたという。

松田さんは小学生からバレーボールを始め、中学校はバレーボールの強豪校で厳しい練習に一生懸命取り組んでいた。その原動力にもなっていたのは、「海外に行ったときに自分で一つできるものがあった方がいいかな」という将来のビジョンだった。
そして松田さんは、留学してもバレーボールは続けていこうと考えていた。

バレーボールスペシャルプログラム

その頃、松田さんに高校留学を最終的に決心させる一つの出来事があった。バレーボールの強豪校に進学した中学校のバレーボール部の先輩が、高校で一緒にバレーボールをしようと誘ってくれたのだった。松田さんにとってその誘いは魅力的で、高校留学と並ぶ選択肢として真剣に考えたという。しかし、最終的に松田さんは高校留学することを決心した。
「日本の高校ではバレーボールは満足いくところまでできるかもしれませんが、勉強が疎かになってしまうかもしれません。反対に勉強を頑張ればバレーボールと両立させることが難しくなってしまうかもしれません。でも留学した場合はバレーボールと英語など自分のやりたいことをうまく両立できると思いました」。
両親も松田さんの気持ちを尊重してくれ、具体的な留学先選びが始まった。

実は最初はアメリカを留学先として考えていたという松田さんだが、シーズン毎に競技スポーツを変えるのではなく1年を通じて同じスポーツを続けることができるオーストラリアに留学先を絞り、その中でもバレーボールが強い学校があるアデレード、さらには自分が好きな海の近くにある学校ということでBrighton Secondary Schoolを選んだ。

Brighton Secondary Schoolにはバレーボールスペシャルプログラムがあり、300人以上の生徒がプログラムに入りバレーボールを一つの科目として履修し、単位も取得している。また、大会に参加することも授業の一環となる。バレーボールスペシャルプログラムには選考を通らないと入ることができないが、松田さんは日本から南オーストラリア州教育省への留学申込時に自分のバレーボールの試合の映像も提出して見事に選考をパス。バレーボールスペシャルプログラムへの参加を事前に確定させての渡航となった。

金メダルとMVP

2017年1月、留学が始まって学校ではISEC(International Secondary English Course / 留学生向けの高校入学準備コース)からのスタートとなった。ただ、松田さんはISEC期間中も科目の一つをバレーボールに差し替えて最初からバレーボールができるようになった。
「ISECではローカルの生徒との接点ができづらいのですが、自分はバレーボールをしていたので留学生同士はもちろん、ローカルの友達もできやすかったです」。
松田さんは日本で考えていたように、バレーボールを通じてスムーズに留学生活に入ることができた。Year11になった今では履修科目数が減ったものの授業の内容は濃くなってきていて、勉強面でもとても充実しているという。また、ホームステイもとても気に入っているそう。

一方、バレーボールスペシャルプログラムでは1年間に2回全豪レベルの大きな大会があり、自分が参加するチームはトライアルの結果を受けて年齢およびレベル別に配属されることになる。松田さんは昨年12月の大会でUnder 16の枠の中でも一番の上のチームのメンバーとして優勝し、自身もMVPを獲得する大活躍だった。

留学してみて

「最初は英語が大変でした。先生の言っていることも分かりませんでした」という松田さんだが、なるべく他の人と話すことを心掛け、わからない単語もすぐに調べるのではなく会話の流れから理解しようとしたという。大変だったというISECについても「メインストリームに行ってからスムーズに勉強ができたのも、パワーポイントやエクセルなどをISECで学んだことのお陰でした。結局は自分がやるかどうか、自分次第だと思います」。

松田さんは、高校卒業後は日本の大学ではなく海外の大学に進学することを考えているものの、まだ将来の仕事に対する具体的なイメージないという。でも興味がある科目ややりたいことはたくさんあり、選択できる科目数が多いことも留学したメリットと感じている。
「日本の高校生も少しはしてみたかったけど、貴重な留学経験は一生に一度、しかもたった数年間のことなので、思い切ってチャレンジしてアデレードに高校留学して良かったです」。松田さんの高校留学生活はまだ前半が終了したばかり。後半もバレーボールと勉強を両立させながらますます充実した留学生活を楽しんでいく。

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Kaho, 日本

留学生活も2ターム目となり、自分の成長を感じながら充実した毎日を過ごしている。

弾丸のようにやってきた

「日本の外に出てみたい」と小さいころから思っていた清水さん。中学2年生のときに参加したアメリカへの語学プログラムでその気持ちがますます強くなり、友達がオーストラリアに留学するという話を聞いて海外留学が一気に身近なものとなった。また、オーストラリアでは学校の科目も自分で自由に色々と選べるという話も聞いて、「留学して自分の興味があることをもっと深く学びたい」と思うようになったという。そして高校1年生の2学期に「留学してみたいな」と父親に相談し、清水さんの気持ちを理解し応援してくれた父親と一緒にすぐに手続きを開始。その数ヶ月後、清水さんはアデレードの地に降り立っていた。
「“弾丸”でした。特別に留学の準備をしたり英語を勉強してきたわけではないので、最初は大変でした」

記憶の中のアデレード

実は清水さん一家は以前アデレードに住んでいたことがある。清水さんが2歳半のときに日本に戻ったため自分の記憶にはないが、アデレードの良さは両親から聞かされていたという。留学先としてアデレードを選んだのも、人の優しさや住みやすさ、安全面など、アデレードの良さを知っている清水さんとしては自然な決断だった。
「実際に来てみて、ステイ先のファミリーや学校の先生、たまたま飛行機で乗り合わせた人、皆さんとても親切です。私たち日本人もこの親切さを学ばなくてはと思いました」

3週間と3ヵ月

優しい人に囲まれて留学に適した環境は整っているものの、当初は苦労も多かった。

「留学開始からの3週間が大変でした」と清水さんは話す。勢いよく留学を開始したものの、日本が恋しくなりホームシックになったと言う。
「落ち込んでもしょうがない」と自分の気持ちを鼓舞してホームシックをうまく克服し、学校の勉強にも意欲を持って取り組むものの、今度は言葉の壁が立ちはだかる。
「得意の数学も、問題の意味がわからなくて解けませんでした。問題文の単語を調べて理解できれば1分もかからないで解けるんですけど」 「プレゼンの準備も発表も慣れていなくて、とにかく大変でした」
そんな苦労が続いた最初の3ヶ月。
「夜10時にホストファミリ―は就寝、年下のホストシスター2人もいるから自分が遅くまで起きて気を遣わせてはいけない」と、清水さんも10時に就寝し、朝3時に起きて宿題に取り組む日々が続いた。

そして留学生活も4ヶ月目に入った頃、母親が弾丸日程で日本から来てくれた。
「母親がアデレードに来たので街を案内している時に、自分の英語力が伸びてきていることに気づいたんです」

近くにいる友達も清水さんの変化に気づいていた。
「最初の頃は一緒にお店に出掛けても注文する時には英語の出来る友達に頼っていました。でもいつの間にか、自分で好きなものを注文できるようになっていました! 自分では気付かなったけど、友達に言われて気づいたんです」

学校でも授業で先生が言うことをスムーズに聞き取れるようになったという清水さん。知らないうちに身に付いてきた英語力、何かのきっかけでそれに気づいた時、それまでの努力が大きな自信につながることを清水さんの笑顔が物語っている。
「周りから『最初は大変』と言われ覚悟をしてきました。実際大変なこともありましたけど、今振り返ってみると思っていたよりも大丈夫でした!」

いま、そしてこれから

「留学初日のオリエンテーションでたまたま一緒に座った中国人留学生と仲良くなって、よく一緒に出掛けたりしています。違う国の人と仲良くなったり、文化を知ったりすることは楽しいですし、会話はもちろん英語なので自分のためにもなります」
実は今回のインタビューで久しぶりに日本語を沢山話しているという清水さんは、英語での会話はまだまだ苦労があるというものの、ホストファミリーともよく話をするなど現地での生活を楽しみ、しっかりと根をおろし始めている。
一方で、日本の家族と離れて生活することで家族の有り難さや大切さにも気づくことができたとも言う。
現在ISEC (Intensive Secondary English Course / 留学生向けの高校入学準備コース)で学ぶ清水さんだが、これからメインストリームのクラスに入ってローカルの友達もたくさん作り、将来は日本とオーストラリアを繋ぐ橋渡し役を担えるようになることが夢だと言う。
「日本、オーストラリアのそれぞれの良いところをたくさん見つけて、それをお互いにとって生かせるような仕事ができたら嬉しいです!」
オーストラリアで見つけた将来の夢に向かって、清水さんはマイペースに歩んでいる。

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Reiko and Eriko, 日本

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日本の小学校を休学してアデレードの公立小学校に半年間の予定で親子留学中の西脇さんファミリー。

高校生のときにアメリカへの留学経験を持つ母親の美貴子さんは、自分の子どもたちにも異文化を体験して視野を広げて欲しいと考えていた。そして、語学の習得には9歳頃までが適していると聞いて計画が具体化。現在日本で仕事を続ける夫の隆博さんの積極的なサポートもあり、年7月、小学校1年生、4年生の2人の娘と母親のアデレード親子留学が始まった。

「ずっとここにいたい」。れい子さんが小学校登校初日の帰り道にいきなり言い出した言葉に美貴子さんは驚いた。聞いてみると、友達がみんな親切で、さっぱりしていて、居心地良く感じたのだという。留学前から多少英語は勉強していたものの、実際に英語の生活に入ってみると満足に聞き取れず返事すら何もできない中、れい子さんの留学生活は思わぬほど順調なスタートだった。

日本での小学生生活も始まってまだ間もない江里子さんは、慎重で几帳面な性格もあって英語が完全に聞き取れないことや言いたいことを伝えられないストレスはあるようだが、徐々に英語の聞き取りやこちらでの生活に慣れ始めている。

学校のクラブ活動でれい子さんはネットボールを楽しみ、江里子さんは今タームから始まるクリケットを心待ちにしている。また、それ以外にも学校が終わったあとはトランポリンや新体操に通い、帰宅後はしっかり勉強も忘れない忙しくも充実した毎日の2人だ。

小学校には英語がまだあまりできない留学生のためにIPECと呼ばれる集中英語コースがあり、れい子さんと江里子さんはそこで英語を学びながらも、現地の通常のクラスでオーストラリア人や他の国からの留学生のクラスメートと一緒に授業を受けている。英語は本人たちが思う以上に伸びていて、友達の輪も広がっている。「ずっとここにいたい」と言い切ったれい子さんを少し不思議な気持ちで聞いていた美貴子さんだが、子どもたちが学校に行っている間に自分もコミュニティセンターで英語を勉強して友達ができるようになり、その意味が分かるようになってきたという。「自由だけれど人が温かい心地良さが嬉しいです。私ももうすでに帰る日が近づいているのがさびしい気持ちです」。

6ヵ月の留学期間も残りあと半分。西脇さんファミリーのアデレード親子留学生活はますます充実していく。

西脇 江里子さん / 西脇 れい子さん

 

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Yuya, 日本

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Marryatville High SchoolのSpecial Interest Tennis Programに留学中の伊藤雄哉さん。ITF(国際テニス連盟)のジュニア部門で優勝を飾るなど、輝かしい実績を築いているテニスと学校の勉強を両立させた充実した高校生活を過ごしている。

Yuya_blog

アデレードとの運命的な出会い

伊藤さんがテニスを始めたのは4歳のとき。プロテニスプレーヤーになるという意識が芽生えたのは小学校1年生のころだったというが、転機が訪れたのは3年生のときだった。大学教授の父親の仕事の関係でアデレードで1年間生活することになったのだ。当時は英語がまったくできなかったが「小さい頃だったのですぐに吸収しました。あの1年は今の自分の英語力のベースになっています」と、現地の小学校に入って英語や異文化の体験を楽しめたという。そして伊藤さんの将来に大きな影響を与える出会いが、Memorial Driveのピーター・スミス・テニスアカデミーにあった。アデレードに来るまではその存在も知らなかったというが、レイトン・ヒューイットを育てたピータースミス氏、そして自らプロ選手として活躍したルーク・スミス氏、それに日本人スタッフとしてケアをしてくれる大谷敦氏とのそこでの偶然の出会いが、技術的にも精神的にも伊藤さんをさらに大きく成長させた。尊敬するプレーヤー、ノヴァーク・ジョコビッチと出会ったのもこの場所だった。

テニスプログラム
日本に帰国後も1年に1-2回はピーター・スミス・テニスアカデミーに短期間のテニス留学をして技術を磨き続けた伊藤さんは、日本の中学校を卒業後の2011年9月、満を持してMarryatville High Schoolへの留学のため母親とアデレードに戻ってきた。伊藤さんが学ぶMarryatville High SchoolのSpecial Interest Tennis Programではテニスが正規の履修科目の一つとなり、学校対抗戦などの対外試合も単位につながる。ただ、基本的には一般科目の量が大きく減るわけではないのでテニスだけできればよいというプログラムではな

い。そのため、学校終了後はMemorial Driveに直行してテニスの練習に没頭する伊藤さんも帰宅後は勉強にも余念がない。

 

目的を持

「毎日ハードですけど自分が望んでやっていることなので辛くはありません。テニスは戦術面を強化してもっと強くな

りたいですけど、今は結果が出てきているので楽しくてやりがいもあります」。南オーストラリア州の代表としてハイスクール全豪大会で準優勝する他、音楽の分野でも全国的に知られるMarryatville High School。そんな素晴らしい環境に恵まれた留学生活を送る伊藤さんだが、「何事も目的をしっかり持つこと。そして同じ失敗を繰り返さないクリエイティブな発想と

ポジティブな姿勢が大事だと思います」とその信念は強い。プロのテニスプレーヤーになるという明確な目的を持つ伊藤さんのこれからの活躍が楽しみだ。

伊藤 雄哉さん

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南オーストラリア州を選ぶ理由

南オーストラリア州の州都アデレードは、親しみやすく訪問者が歓迎される、活気ある都市です。世界のトップ10都市に何度もランクされています。

南オーストラリア州政府教育機関 では、1989年以来留学生のために留学プログラムを実施しており、100校を超える小学校と中高校で、独自の留学プログラムとスポーツプログラムが提供されています。

南オーストラリア州政府教育機関を選ぶ理由:

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